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――十二月某日。金曜日。
今日はいよいよ合格発表の日だ。俺は今、沙希の自宅にいる。なぜなら、もし沙希が官報合格をしていたら、午前中のうちにこの自宅に、書留の封書が届くからである。それを待って、午後に病院にお見舞いに行く予定だ。涼介と華にも声を掛けたが「貴重な時間だし、一人で言ってきなよ」と背中を押してもらった。官報合格は、先にWEB上でも見れるようだが、俺は見ることができなかった。自分の結果のことは、すっかり頭から抜け落ちている。沙希の自宅のインターホンが鳴る時を、今か今かと、ひたすら待つ。
「ふぅ~。」
俺は大きく息を吐いた。沙希の部屋を見渡す。この部屋にも、色々な思い出が詰まっている。頭の中に走馬灯のように、その記憶が蘇る。
(ピンポーン)
「来たっ!」
俺は通話ボタンを押した。
「山村沙希さん宛に、書留です。サインをお願いします。」
俺は確信した。沙希は税理士試験に合格したのだ。もう一度、インターホンが鳴った。俺は玄関のドアを開ける。
「こちらにサインをお願いします。」
代筆し、封筒を受け取る。封筒の表には、国税審議会と書いてある。俺は封を開けずに、そっとバッグにしまった。
「よしっ、一旦家に帰るか。」
次は、俺の番だ。もう自宅に合格通知が届いているかもしれない。沙希の家の前からタクシーを拾う。もう沙希の封筒を受け取って、浮かれ気分だった俺は、自分の結果を知ることへの緊張はほとんどなかった。
「あった!」
自宅に戻り、ポストを確認すると、一通の封筒が、ポツンとポストの中に入っていた。俺は、封を切らずバッグの中へ入れた。病院の指定してきた時間は刻々と迫っていた。俺は急いで、中央記念病院へと向かった。
――14:00。
五〇ニ号室。沙希の部屋の前に来た。「五〇ニ号室」と書いた手紙は、沙希の元に届いていたのだろうか。でも、今日はこうして、直接沙希に会える。会って話しができるのだ。渡すものもある。税理士試験の封筒。そして、俺の思いを詰め込んだICレコーダー。その他に、不安と緊張を持って、沙希の病室に入った。
「沙希!」
沙希はベッドに座り、窓の外を見ていたが、俺の声に気づき振り返る。
「あっくん!来てくれたのね!」
沙希の目には涙が浮かぶ。俺も涙でせっかくの沙希の顔が霞んで見える。
「沙希、会いたかった。会いたかったよ。」
俺は沙希に抱きついた。沙希は弱々しく、俺の背中に手を回した。
「あっくん、手紙ありがとね!全部読んでるわ。返事、書けなくってごめんなさい。治療で全身が痛くて、なかなか思うように文字も書けないの。」
「ううん、こうして、沙希の顔も見れたし、安心した。返事も無理しなくて良いからね。」
「そうだ、あっくん、私からのせめてものプレゼント。」
沙希はベッドサイドに置いてあったアイポッドを俺に渡した。
「手が動かせないからね、声を吹き込んだの。手紙の返事じゃないけどっ。少しでもあっくんの役に立ちたいなと思って。九月から『国税徴収法』始めたんでしょ?その理論を吹き込んでおいたから、聞いてねっ。」
なんて素敵なプレゼントだ。俺はアイポッドを握りしめ、胸に当てた。
「そうだ、俺からもプレゼント!」
俺はバッグの中から、封筒を取り出した。
「ジャジャーン!試験の結果かな?沙希の家に、書留で届いたよ!合格、おめでとう!」
俺はその封筒を、沙希に手渡した。沙希は封筒を開ける。そこには確かに、「合格証書」という文字があった。沙希は声を上げて泣いた。沙希の努力が身を結んだのだ。こんな嬉しいことはない。そういえば、俺のもあったっけ。
「俺もまだ封筒開けてないんだ。」
俺は封筒の封を切った。
「見れないから、沙希、見てくれる?」
封筒を沙希に渡す。沙希の顔は、険しい表情に変わった。
「あっくん・・・。」
俺は息を飲む。お願い!せめてどっちかは受かっててくれ!心の中で叫んだ。
「『簿記論』も・・・、『消費税法』も・・・。」
あぁ、ってことは、両方ダメだったか。それとも・・・。
「『合格』って書いてあるよっ!あっくん、おめでとう!」
俺は飛び上がった。まさかのダブル合格!沙希と一緒に合格できた。それが何よりも嬉しかった。
――16:00。
楽しい時間には、限りがあった。そろそろ面会終了の時間だ。
「沙希、また来るね。」
「あっくん、今日はありがとう。久しぶりにこんなに笑って、涙したわっ。」
俺と沙希は、熱い口付けを交わした。悔いのないように、相手の生気を吸い尽くすように、激しくキスをした。時間にしたら、五分くらいだろうか。最後に、俺は持ってきたICレコーダーを沙希に渡した。
「沙希、これ聞いて。手紙だと、読みにくいかなと思って。俺の思いをこのICレコーダーに吹き込んできた。この前から一緒にギター始めたでしょ?だから、詩を書いて曲をつけてきた。たとえ、もっと見えなくなっても、俺の声が届くように。」
「ありがとう・・・。」
「じゃぁ、このままいたら、本当に帰れなくなりそうだから、もう行くね。」
「うん、またね!私、頑張るからっ。」
俺は、沙希の病室を後にした。病院を出ると、夕日が空を鮮やかに染めていた。俺はタクシーに乗り込む。そして、二人の思い出の場所へ向かった。
河川敷についたころには、夕日が半分沈みかけていた。
「沙希~!ずっとずっと愛してるからっ!」
俺は夕日に向かって叫んだ。沙希は、今頃、ICレコーダーを聞いてくれてるだろうか。沙希に渡した曲の歌詞を回想する。
『会えない時間』
会えない時間は少し怖くて
君が一人で悩んでいないかと
不意に不安になる
意志が弱くて、優しくて、
そんな君だから
心配しすぎなのはわかってるけど・・・
ゴメン、僕おせっかいだね
俺は堤防の道を赤い鉄橋の方に向かって歩いた。
僕らが歩いたこの軌跡を
一歩ずつ確かめながら
二人の思い出の場所
そこでもう一度だけ、
永遠の愛を誓った
沙希とお揃いのオフホワイトのローブが風になびく。
白いキャンバスに大きな夢を描こう
それは何色かな?
君がいれば良い
さぁ、手を取り合って
家に帰ろう
笑いあいながら
流れる時間を
ゆっくり歩んで行こう
二人で
この道には、沙希との思い出がいっぱい詰まっている。嬉しいときも、悲しいときも。色々な話をしながら、二人でこの道を歩いた。
会えない時間を寂しく思うけど
その分君と一緒に過ごす時間が
大事なものとわかった
昼の青さ焼く茜空
どこか切なく、でも楽しみで
「二人歳を取ってもこの景色を見よう」と
ふと君がつぶやいた
初めてこの場所に来た時、沙希が「歳を取っても、また見たいな。」と言った言葉を、俺は今でも忘れられない。絶対にもう一度、沙希とこの場所に戻ってくる。あの日、沙希と交わした約束だから。
満ちてく小望月
暮れていく街
君の温もりは暁まででも
心は繋がってる
どんなときだって
離れていたって
会えない時間に
君の声聴こえる
僕もできることを
始めよう
その約束を果たすために、今、沙希は必死に頑張っている。俺もそれに恥じないように頑張らなくては。その先の人生を、また沙希と歩むために。
白いキャンバスに僕の勇気を示そう
君に捧げるから
守りたいものをただ一つ見つけた
偶然だとしても
共に描いていこう
これからの未来図
焦らなくていいから
全然怖くないから
深い悲しみも
その喜びも
一緒に包んでいこう
未来へ
沙希からのプレゼント(理論音読)
篤から沙希へのプレゼント(楽曲『会えない時間』)
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