第16話 『悪女降臨』


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――四月下旬。

入院から約一ヶ月が経った。沙希は入院後、何度か精密検査をして、今も経過観察をしている。今は投薬治療だけで、放射線治療などは、まだやってないらしい。俺は、沙希が入院してから、ほぼ毎日LINEでやりとりをしている。当たり前だ、付き合っているのだから。とはいうものの、携帯の利用時間は制限があるし、お見舞いにはなかなか予定が合わずに行けていない。平日は仕事があり、休日は予備校の講義の後に、何もなければ少し寄って、ノートなどを渡していた。病院は、俺の自宅から行くには二時間近く掛かる。都心の喧騒から逃れるように、山を切り開いて立てられた要塞のようなその建物は、まるで天空の城ラピュタのようであった。

予備校の講義は、最終コーナーを曲がったあたりで、試験範囲のほとんどを学習していた。あとはゴールデンウィークの補習講座と、五月から試験直前までの直前期の答練を残すのみだ。涼介は、成績は上の方で、華はまだまだ下から数えたほうが早いくらいの位置にいる。俺はというと、テストではほとんど平均点ぐらいを取っているので、上位五十%くらいのところだろうか。沙希は、テストをほとんど受けていないので、どれくらいの位置にいるのかわからない。税理士試験は直前期の追い込みで、いくらでも挽回が効く。成績下位の人たちが、直前期でゴボウ抜きをして、合格するということもザラにある。その逆も然りだが、税理士受験生の、熱いデッドヒートが繰り広げられるだろう。それに脱落することなく、最後まで信じ続けた者が、合格という勲章を手にするのだ。

「吉田くん、勉強の調子はどう?」
事務所で岡田さんが声を掛けてきた。
「う~ん、なかなか成績が伸び悩んでいます。上位三十%にコンスタントに入るのって、難しいですね。初めての税法だからですかね。」
「会計科目と税法とは、周りの受験生のレベルも違うしね。税法に進む人って、会計科目合格の狭き門をくぐってきた人たちの集まりみたいなもんだからね。」
「そうですね、それに前回不合格だった人たちも加わるんですよね・・・」
「まぁまぁ、『消費』は『法人』に比べたら、まだマシだよ。『法人』なんて、五年戦士もザラにいるしね。理論の量も『消費』の比にならないし。だから、税法初めての人には、『消費』は良い選択だと思うけど。」
「ありがとうございます。なんか、少しモチベーションが戻ってきました!」
岡田さんは、独特の言い回しで、俺を元気付けてくれた。
「おはようございま~す!」
璃子ちゃんが来た。
「何話してるんですか~?」
「今ね、吉田君と勉強どんな感じかって、話してたんだ。」
「そうなんですね。私、最近全然成績上がらなくって。前に居酒屋で吉田さんに言われたように、オ・・・」
余計なことを言いそうなので、俺は璃子ちゃんを遮るように、言葉を被せた。
「この時期、なかなか成績上がらないよね!『簿記』でまたわからないところがあったら、教えてあげるよ!」
「ありがとうございます!今度まとめて聞きますね!」
「二人とも、ゴールデンウィークの補習講座、受けたら?あれ、一通り復習が出来て良いよ!」
「そうですね、俺、『簿記』は今、通信ですけど、教室に受けに行こうかな。」
「吉田さん、じゃぁ、一緒に受けましょうよ!私、予備校ではボッチなんで。」
「そうしよっか。あと『消費』も申し込まなきゃな。」
ゴールデンウィークが総復習をする最後のチャンスだ。申し込まない手はない。
「予備校で、誰か友達できました?」
「うん、『消費』のクラスで仲良くなった人たちがチラホラいるよ。」
もちろん、沙希と付き合ってるなんて言ったら、面倒なことになりそうなので、とりあえず伏せておくことにしよう。
「じゃぁ、その時に、紹介してください!私も予備校にお友達欲しい!」
璃子ちゃんは、ニヤニヤした顔で寄って来た。
「わかったよ、わかった。」
何を企んでいるのか。あまりの押しの強さに渋々了承した。まぁ、みんなも受験仲間は多いに越したことはないだろう。
「・・・、というわけなんだよ。」
俺は、涼介と華に、この前のことを話した。
「なるほど、でも楽しくなりそうじゃん。」
「その子、どんな子なの?」
涼介と華は興味を示してくれた。
「璃子ちゃんていう子でね、」
おっぱいはC~Dカップくらいで、と喉のところまで出かかったが、ギリギリ飲み込んだ。
「小柄で華奢な子だよ。華と気が合いそうかな。」
「楽しみだね。その子は、何の科目を勉強中なの?」
「『簿記』だけみたい。俺も通信で『簿記』は受講してるから、午前中に、補習講座を一緒に教室で受けることになってる。その日の午後は『消費』の講座がある日だよ。」
「そっか、じゃぁ、その日、みんなでランチでもしようか。」
涼介が得意げに仕切る。華も俺も、その話に乗った。
「決まりで!」
俺と華は、大きく頷いた。そうそう、補習講座までに、『消費』の計算と理論の範囲をもう一周しなくては。あと、『簿記』の総合問題もあと2題は解いておきたい。最近は、仕事後は専ら自習室に直行だ。沙希は入院中で、夜に泊まりに行けないし、家に帰っても勉強をやる気が起きない。裏を返せば、今の環境は、勉強するにあたっては、とても良い環境なのかもしれない。俺は、今一度、自分自身を奮い立たせる。

いよいよ、試験前最後の大型連休、ゴールデンウィークが始まる。予備校の自習室も、だんだんと人が増えてきている気がする。今日は補習講座の日だ。俺は、今日に照準を合わせて、総復習を進めてきた。五月以降の答練で、その成果が出てれば良いなぁと思っている。『簿記論』の補習講座は、九時から十一時半だ。そろそろ、支度して家を出ないと間に合わない。

「よし、行くか!」
俺は、決意新たに、自宅の玄関をくぐった。予備校までの電車の中では、いつものように理論を聴く。今まで、何度も何度も繰り返し聞いているので、もはやテキストを見なくても一言一句出てくるようになった。でも、これだけでは試験では通用しない。一言一句暗記してからがスタートである。試験委員が作った問題と向き合い、覚えた理論を組み合わせて、求められている答えを導かなければならないからだ。初めての税法の直前期。不安ばかりが募るが、そんなことは言っていられない。まずは、今日の補習講座で、直前期の良いスタートダッシュを切りたい。教室に着くと、もう璃子ちゃんが来ていた。
「吉田さ~ん、こっちこっち!」
璃子ちゃんは元気に俺を呼ぶ。周りの受験生が勉強してるから、少し自重してくれ。そう思いながら、席の方へ歩いた。璃子ちゃんは、胸元の開いた青いワンピースで、少し大人っぽい服装だった。Dカップくらいあるおっぱいの谷間がチラチラ見える。あぁ、この手で触りたい。そして、谷間に埋まるように、赤いペンダントをつけていた。今日は、みんなを紹介する日でもある。事務所のときの服装とは違い、少しオシャレしてきたのだろう。こういう格好は、嫌いじゃない。彼女でもないが、俺は得意気に、璃子ちゃんの隣に座った。
「璃子ちゃん、早いね!」
「ううん、少し早く来て、復習しようと思って。私、全然復習が追いついてないので。」
「そっか、まぁ、じっくり行こう。」
話していると、先生が教室に入ってきた。そこから約1時間半、途中に休憩も取らず、みっちり講義が行われた。

「これで補習講座を終わります。お疲れ様でした。」
先生は、天井についているカメラにも目線を送っている。この講義は収録されて、通信生も見れるように、あとでネット配信されるらしい。
「一階のカフェで、みんなと待ち合わせだから、行こっか。」
俺は璃子ちゃんを連れて、いつものカフェに向かった。入り口を入ると、奥の四人席に、すでに涼介と華が座っていた。俺と璃子ちゃんも、席に着いた。ほんの二ヶ月前までは、璃子ちゃんが座っているとことに沙希が座っていた。なんともいえない気持ちに包まれようとしていたとき、璃子ちゃんは、自己紹介を始めた。
「神埼璃子です。大学三年生です。今、『簿記論』の勉強をしてます。吉田さんのとは同じ会計事務所で働いていて、一つ下の後輩です。みなさん仲良くしてください。よろしくお願いします!」
「私と同じ学年だね!どこの大学?」
華が真っ先に口を開いた。今年の四月で、二人とも大学三年になったのか。浪人とかもしてないっぽいから、歳も同じだろう。
「赤山学院大学だよ!ここから電車ですぐのところにあるの。」
「そうなんだ、結構偏差値高いところだよね、赤学って。私は、Fラン大学だから、バカでさ~」
「見えない~。頭良さそうな感じじゃん!」
華と璃子ちゃんは、しばらくお互いの大学について語り合っていた。その後、一人ずつ、璃子ちゃんに自己紹介をしていった。
「沙希も、きっと喜ぶね!」
華は、俺と涼介に言った。
「沙希さん?」
「そうそう、このメンバーで『金時会』っていうLINEグループがあるんだけど、沙希もメンバーの1人なの。でも、今はなかなか講義に来られなくって。」
華はお茶を濁したように言った。
「そうなんだ、お忙しい方なんだね。そうだ、私も『金時会』のメンバーに入りたいっ!」
璃子ちゃんは、半ば強引に聞いてきた。
「ううん、別に良いけど。」
涼介は璃子ちゃんに言った。
「やった~!嬉しい!よろしくお願いします。」
涼介が、あっさり入れてしまった。まぁ良いや。きっと変なことにはならないだろう。
「あっ、そうだ、吉田さん、『簿記』のわからないところ、まとめてみたので、あの日みたいに、丁寧に教えてくださいっ!」
璃子は、意味深な感じっぽく、俺に言った。絶対ワザとだろう。お願いだから、仲が良いアピールはやめてくれ。でも、断るのも変だから、とりあえず受け入れようか。
「わかった、良いよ。連休明けに仕事の手が空いた時に教えてあげる。」
璃子ちゃんは、残念そうな顔をした。
「吉田さん、忙しいですもんね。この前、土曜日に私の家に誘っても、お忙しそうだったし。でも、また仕事に、二人きりで、飲みに連れてってくださいねっ!」
それ以上、口を開くな!この女、何を考えている。

『金時会』に、悪女降臨。


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