第13話 『オフホワイト』


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勉強旅行から帰ってきて、しばらく、沙希はまた体調の悪い日が続いた。季節は桜が咲く季節にだんだん近づいていている。沙希の卒業ももうすぐだ。本人はというと、今年の税理士試験を決して諦めていない。沙希が休んだ回の講義のレジュメやノートなどは、俺が沙希の元へと届けた。涼介と華には、俺と沙希の関係は、まだ『秘密』にしている。『秘密』の恋愛ほど、燃えるものはない。
沙希が大学一年生のときからずっと続けていた会計事務所での仕事は、いよいよ休職した。この四年間、大学に通いながら、仕事をしながら、既に税理士試験に四科目合格している沙希は、改めてスゴすぎる。俺は、理論が覚えられない時があっても、勉強出来る時間があるだけで幸せだと思うことにした。時には理論の壁に阻まれる。自分の忘却曲線に失望することもある。いつも浮き沈みが激しい自分の成績に一喜一憂している。でも、俺はもう弱音は吐かない。せめて自分自身には勝つ。沙希は別のところでも、必死に戦っているのだから。

――某日。

「あっくん、こっちこっち!」
「おぉ、美味しそう。沙希は、どの味が良い?」
俺と沙希は、変わらず仲良くやっている。付き合いたての燃えるような気持ちも、まだ、灯り続けている。デートの時は、必ず手を繋ぐ。沙希がどこか遠くへ行ってしまわないように。
「あっくん、あ~ん。」
沙希は、ソフトクリームを俺の口へ運ぶ。
「美味しい。沙希も俺の食べて良いよ!」
こういう何気ない時間は幸せだ。時間の許す限り、沙希と一緒にいたい。まだ行ったことのないところに、一緒に行ってみたい。アイスクリームを頬張りながら話していると、沙希のスマホがなった。
「もしもし?はい、山村沙希ですけど。あっ、はい。わかりました。来週の木曜日ですね。」
沙希は手帳を確認すると、そのまま電話を切った。
「大丈夫?誰からだった?」
「ううん、中央記念病院から。この前の検査の詳細な結果が出て、来週の木曜日に病院に来て欲しいって。」
「そっか、俺もその日空いてるから、一緒に行くね。最近、目の方はどう?」
「自分ではあんまり良くわからないけど、言われてみれば左目の黒い影が大きくなってるような気もする。」
沙希は不安そうな顔をした。俺はタイミングの悪い質問をしてしまったと反省した。
「とにかく、来週の木曜に、病院に行って、しっかり今後の治療方針を相談しよう!早く治る方法をね!」
「うん、ありがとう。よろしくね。」
俺と沙希は、デートを続けた。街は色々な人々で溢れかえっている。若者は良くわからない行列を作り、老人はベンチに座り、女子高生たちは、大声で話しながら、道を歩いている。
「何かペアのものでも、買おうか。」
俺は、いつかしてみたかった、沙希とペアのものを一緒に持つということを提案した。
「良いね!面白そう。」
沙希は目を輝かせた。俺は、沙希の目が、見えなくなってしまうようには、とても思えなかった。俺と沙希は、大通りに面するところにある雑貨屋に入った。雑貨が雑然と並んでいる。何にしよう。二人で店内を物色する。
「アクセサリー系かな?」
お揃いのネックレス、お揃いの指輪とかは定番だ。ちょっとアジアンな雰囲気の店だったので、なかなかイメージに合うものが見つからない。値段はピンキリで、量産されいるような安いものから、ビンテージ一点モノまで、幅広い。
「おっ?沙希、こういうのはどう?」
俺はマネキンに掛かっていた洋服を指差した。色はオフホワイト系で、ロングコートっぽかった。俺が着ても、すねあたりまで丈の長さがありそう。ちょうど男女で合わせコーデ的に着るもののようだ。沙希はその商品のタグを見る。
「えーっと、ローブ?一着三万円弱だって!」
想定より高い。でも、俺の好みだ。
「沙希は、こういうの着れそう?俺はこういうの結構好き。」
「うん、私、普段身体のラインがあんまり目立たないものを着ることが多いから、こういうの良いかも!」
確かに、沙希は普段からトレーナーとか、パーカーとか、おっぱいが目立たないようなものを着ている。もう少し強調しても良いのに。でも、沙希も気に入ってくれて良かった。
「じゃぁ、これにしようか。二着で、六万円弱かぁ。」
「もちろん、私も半分出すよ!」
俺は沙希に何もプレゼントしたことがなかった。誕生日も十二月だ。せっかくの機会だから、俺が買ってプレゼントしよう。こういうときのために働いているのだ。俺は胸を張った。
「いいよ、俺からのプレゼント!大切に着よう。しかも、これ、オールシーズン着れるって。」
お会計を済ませ、早速二人で、買ったローブを羽織った。良い感じ!おろしたてのオフホワイトが雑然とした町並みに溶け込む。まだ何色にも染まってない。これから、どんなことが待っていようと、沙希との思い出で鮮やかに染め上げていこう。改めて、そう自分に言い聞かせた。

――翌週、木曜日。

俺は前日から沙希の家に泊まりに来ている。今日は有休を取って、沙希の病院について行く日だ。俺はありがたいことに、今まで特に大きな病気をしたことがない。風邪を引いても、専ら市販の薬を薬局で買って飲んで誤魔化していた。そのため、病院に掛かったことがあまりない。ましてや、大学病院なんて、生まれたときくらいだろうか。大学病院と聞くと、構えてしまう。これから未知の世界に飛び込むのだ。この気持ちは、きっと沙希も同じだろう。まだ明け方だ。隣では、まだ、沙希が寝ている。いつものように、上は薄いパーカーに、下は下着一枚だ。表情は穏やかである。俺の目に映るこの光景は、今まで何度も見てきた。でも、今日はなんとなく、いつもと違う表情をしている気がする。いつもなら、このまま襲ってしまおうかと考えるが、今日はそんな気分になれない。この光景をしっかりと目に焼き付けておきたかったからだ。
「あっくん、起きて~!」
沙希の声がぼんやりと聞こえる。俺はあの後、また寝てしまったみたいだ。重い瞼をこすると、だんだん視点が合ってくる。部屋の真ん中のテーブルには、トーストと目玉焼きが乗ったお皿が二つ置いてある。
「なに飲む?」
キッチンの方から、沙希は言った。相変わらず、下着姿である。
「じゃぁ、お茶をお願い。」
二人でテーブルに座る。いつもの日常だ。沙希の表情も明るい。俺は、それを見て、少し安心したが、時折、とても不安な表情も見え隠れした。
「俺、朝方に起きちゃったよ。なんだか少し緊張してて。今まで、大学病院なんて、行ったことないからさ。」
「私も、健康診断くらいかな。この前の検査で久しぶりに行った。すごくキレイな病院だったよ。」
「そうなんだ。病院っていうと、少し寂れたイメージしかないけど、今の病院ってキレイなんだぁ。」
俺は、地元の診療所を想像しながら話した。病院に行くことが、少し楽しみになった。
「目の具合はどう?」
恐る恐る聞いてみる。
「うん、少しめまいがする感じもするけど、まぁまぁかな。今日診てもらえるし、ちょうど良いね。」
沙希は不安を隠すように、冗談を交えて笑った。時刻は八時を回っていた。
「予約、何時からだっけ?」
「十時半だったかな。ここから1時間30分くらいで着くと思う。」
「そっか、あと一時間くらいで出発か。まだ少し時間に余裕あるね。」
「そうだね~!」
おどけたように、沙希はそう言いながら、上に覆いかぶさるようにして、俺をベッドに押し倒した。沙希は、心の隙間を埋めるように、俺の身体の温もりを奪っていく。俺もそれに応えるように、体温を融合させた。


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