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「おはようございます!」
今日からまた平日が始まる。死んだような目をしたサラリーマンと一緒に乗る通勤電車は、苦痛だ。その暑苦しさから逃れるように、今日も理論を聞いて出勤した。
「吉田さ~ん!」
璃子ちゃんだ。朝から元気に近寄ってきた。
「おぉ、璃子ちゃん。おはよう!」
「ちょっと『簿記論』でわからないところがあるんですが、お時間あるときに教えてくれませんか?」
俺は教えるのは嫌いじゃない。むしろ、教えたい方だ。自分の知識の整理にもなるし、相手にも感謝される。win-winじゃないか。
「良いよ。じゃぁいつにしようか。午後のちょっと仕事が落ち着いたときとかで良い?」
「はい、お願いします!」
とはいえ、年明けのこの時期、そろそろ確定申告に向けて仕事量が増えてきている。仕事が落ち着く保証はない。でも、困っている人がいたら助ける。当たり前のことだ。これが岡田さんとかだったら、時間を取らないかもしれないけど。
――午後。
案の定忙しい。至急依頼のFAXも来てしまい、事務所内はバタバタだ。
「ごめん、今日は無理そうだ。」
俺は申し訳ないと思いながらも、璃子ちゃんに言った。
「私もバタバタです。今日は残業になりそうですね。」
「そうだね、なんとかみんなで頑張って終わらせよう。」
俺は処理スピードのギアをもう一段上げた。金額を間違えないギリギリのラインを死守しながら、集中してやった。事務所内に響く電話の音も俺の耳には入らない。それくらいに集中した。
「終わった!」
「終わりましたね。お疲れ様でした。」
俺と璃子ちゃんがそう言うと、
「みんな頑張ったね。お疲れ様。」
岡田さんも続く。
「みんな遅くまでご苦労様。これから確定申告に向けて、忙しくなりそうだな。」
一番奥に座っている所長も、俺らを労った。
「吉田さん、ご飯行きませんか?」
璃子ちゃんは俺にそう言った。俺は深く考えないまま、岡田さんにも振った。
「良いね。岡田さんも行きますか?」
「俺は家に昨日のメシの残りがあるから、帰るわ。」
それを聞いて、璃子ちゃんが少し嬉しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。勉強を教えて欲しいのか?それとも、俺に好意があるのか?とりあえず、事務所を出て駅まで皆で歩いた。
「お疲れ様でした!気をつけて帰ってくださいね。」
俺と璃子ちゃんは、岡田さんを手を振って見送った。
「さて、何食べようか?」
「そこの居酒屋に入りましょうか!」
駅前にある雑居ビルに入っている居酒屋に入った。店内はにぎわっている。テーブル席もほぼ満席だ。俺らは奥の方のカウンター席に通された。
「並んでる方が、勉強教えやすいか。」
まずは恒例の乾杯だ。席にお通しと生中が二つずつ運ばれてくる。
「乾杯!」
「カンパ~イ!」
疲れた身体に染み渡る。仕事後の一杯は最高だ。勉強を教える前に、晩飯を食べた。もう時間は二十時を回っていたので、お腹ペコペコである。あっという間に、出されたご飯を二人とも平らげた。そして、璃子ちゃんは本題に入る。
「『簿記論』って、やってもやっても自分ができるようになっているのかわからなくって。自分の勉強の進め方が、これであってるか不安で。」
「俺もね、去年合格しなかったから偉そうなことは言えないけど、最初そういう時期もあったな。でも、『簿記論』はとにかく基礎が大切だと思うよ。最初は苦しいけどひたすら基本問題を解きまくって、完璧にして、段々と応用させてく。本当に基礎を完璧にできれば、本試験でも、ボーダー付近までは太刀打ちできるしね。」
「基礎ですか。私、ついつい難しい論点を頑張って理解しようとしちゃって中途半端に手を付けて。それで、頭がこんがらがっちゃうんです。」
俺も璃子ちゃんも、気付けば生中を四杯も飲んでいた。酔いが回っているせいか、話しは二巡目に入った。
「なかなか『簿記論』の成績が上がらなくって~。すぐに頭って、良くなったりしませんかね~?」
俺は理性のリミッターが外れかけていたので、エロトークに火がついた。
「『簿記論』は三つのステップを踏んでこそ成績が上がると思う。」
璃子ちゃんは、興味深そうに耳を傾ける。
「基礎問題をひたすらやることは、『筋トレ』みたいなもんだ。まずは地道な基礎体力を作りから始めないと、戦える身体にならない。」
俺は続けた。
「戦える身体になったら、ちょっとした応用問題を解いてみる。問題を解いているうちに、いつの間にか自分が出来るようになっていることに気付く。そして、問題を解くことが次第に快感になる。クセになる感じに。いってみれば『オナニー』みないなものかな。」
結構攻めてる下ネタを言ってしまった。大丈夫か?俺は恐る恐る璃子ちゃんの方を見た。璃子ちゃんはニコニコ笑いながら聞いていた。意外と大丈夫なのか。俺は調子に乗って更に続けた。
「『オナニー』ばっかりしていたら、だんだん物足りなくなってくる。そこで、総合問題を解いてみる。これまでの総力戦だ。総合問題は、作問者との対話だと思う。限られた時間の中でのペース配分、問題の読み込みの強弱、相手に求められていることに丁寧に応える力、そして解き終わったあとの、何とも言えない達成感と快感。まるで『セックス』のようだ。」
言ってしまった。でも、ここまで言えて満足だ。璃子ちゃんの反応が怖い。どうだろうか?璃子は相当酔いが回っているのか、俺に合わせて応えた。
「じゃぁ私、頑張って『筋トレ』して、今よりもっと『オナニー』しますね!」
今よりもっと?もっとって?俺は興奮した。話しを合わせてくれいているからだろうか。それとも、普段もよくオナニーしているという意味か。どっちだ。妄想が一瞬にして頭の中を埋めつくす。今この勢いでそれを聞いても良いのだろうか。もう良くわからなくなっていた。
「ハッハッハッハ~!」
ごまかすように、二人で大声で笑った。気付けば、そろそろ二十三時近い。ワンチャンお持ち帰りできそうだったが、今日は明日もあるし、帰らなくては。
「そろそろお会計しようか。」
俺がそういうと、璃子ちゃんは話し足りなそうに、仕方なく頷いた。
駅までゆっくりと歩く。璃子ちゃんは、ちょっとフラついている。ときどき俺の腕に璃子ちゃんの腕がぶつかる。ワザとやっているような気もした。手を繋ごうと思えば簡単に繋げそうな状況だ。でも、俺には沙希がいる。ここで揺らいではならない。そう自分に言い聞かせ、理性で必死に欲望を抑えた。璃子ちゃんとは逆の方面だった。反対側のホームに立つ璃子ちゃんは、どこか寂しそうに見える。
「また明日ね!」
「お疲れ様でした~!」
璃子ちゃんは、声を搾り出して、応えてくれた。
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