第31話 『会えない時間』


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――翌日、13:00。

今日は朝から中央記念病院に来て、検査を受けた。お昼を挟んで、今から検査の結果と治療方針を聞くことになっている。
「山村沙希さん、一番診察室へどうぞ。」
俺と沙希は、覚悟を決めていた。もう何を言われても、どんな未来がそこに待っていようとも、全て受け止めよう。昨日、あの思い出の場所で誓ったのだ。
「こんにちは。発熱やめまいは大丈夫かな?」
沙希は静かに頷く。
「それは良かった。では、早速、検査の結果と、今後の治療方針についてお話します。」
先生はレントゲンを三枚、壁にセットする。
「まず、左目についてです。左目は今、もう何も見えていないですね。残念ながら、今後も見えるようになる可能性は、極めて低いでしょう。そして、右目。」
先生は、レントゲンを指差しながら話す。
「今まで投薬治療を続けていて、ガンの転移を防ぐ措置を取っていましたが、右目に病巣が広がっています。このままでは、右目の失明も避けられないでしょう。今の右目の視界は、どれくらいですか?」
先生は沙希に優しく聞いた。沙希は一度右目を擦って応えた。
「左上あたり、全体の三分の一くらいに黒い点があるような感じです。」
「わかりました。今後の治療方針ですが、その黒い点をなるべく広がらないよう治療していきます。だた、今までのような投薬治療では、あまり効果は期待できないでしょう。」
先生は、沙希の目をしっかりと見て、続けた。
「治療は次のステージに入ります。今の沙希さんには放射線治療が必要です。放射線治療をしたとしても、病巣が肥大したり、他の場所に転移する可能性もあります。まだ手術で病巣を取り除く段階でもありません。今できる治療としては、それが最善なのです。」
沙希はその先生の言葉を、しっかりと受け止めている。その後、先生から、放射線治療をするにあたっての副作用、リスクなどの説明が続いた。
「では、沙希さん、頑張っていきましょう!」

沙希と俺は、診察室を出た。そのまま、看護師さんに病室へ案内される。この前入院した部屋と同じ場所だ。この部屋には慣れている。また舞い戻ってきてしまったことは本当に残念だが、この病室にも少し思い入れがある。窓の外には、青々とした桜の木が中庭に見えた。来年、あの桜が満開になるのを、何とか沙希のその目に見せてあげたい。看護師さんが面会時間について説明する。
「放射線治療をするので、その間は面会が制限されます。また、電波を発する電子機器は、医療器具に影響を及ぼすので、大変申し訳ないですが、携帯などは、ご本人も昼ごはんの時間以外は操作できません。文通でのやりとりは特に問題ありません。」
「わかりました・・・。」
沙希は抵抗することもなく、静かに応えた。いよいよ治療は、そういう段階に入ったということだ。今日の面会時間も残り少ない。
「沙希・・・。」
俺は沙希の頭を撫でた。沙希は俺を見上げた。そして、上目遣いで言う。
「あっくん、私、大丈夫だから。心配しないで。」
沙希は、必死で目から涙が零れ落ちるのを抑えている。胸が痛い。あぁ、誰か、すべて嘘だと言ってくれ。俺の方が先に、涙腺が崩壊した。
「沙希、頑張ろう。絶対に良くなるって。俺、また迎えに来るから。またあの場所で、絶対星空を見ようね・・・。それから、手紙書くからね!」
「・・・。」
後ろ髪を強く引かれる思いで、沙希の病室を後にした。

――九月。

九月に入ったが、残暑とは言えないような過ごし辛い日々が続く。沙希とはあの日以来、やり取りが出来ていない。治療の方は上手くいってるのだろうか。手紙を出すことはできるが、俺は出して良いものか、悩んでいる。目の前の病気と毎日必死に向き合っているのだ。俺の言葉で、その意志にもしブレが生じたらどうしよう。なかなか踏ん切りがつかない。

九月は、税理士試験受験生にとって、始まりの季節でもある。来年に向けた講座が、続々と開講されるからである。そういえば、昨日、この前の試験の自己採点をした。『簿記論』は合格確実ラインを二点上回っていたので、たぶん大丈夫だろう。『消費税法』は、「WEB本試験採点・分析サービス」で、ボーダーの二点下だった。このサービスは大手予備校が提供しているもので、WEB上で問題の正誤を選択入力するだけで、その採点結果がメールで送られてくるという、大変便利なサービスだ。後日、全体の集計結果が公表され、その年の合格確実ラインとボーダーライン予想が発表される。

今日は新しい講座の開講日だ。俺は九月から、『国税徴収法』を受講することにした。もし『消費』に落ちていたとしても、来年二科目、同時並行で受験できると判断した上でだ。
「よし、行くか。」
誰もいない部屋を後にする。この前までは、沙希が見送ってくれていた。入院してからというもの、毎朝、この孤独感に襲われる。でも、沙希もきっと今、必死に毎日を生きている。俺も、今出来ることを、始めよう。
「こんにちは。今日から新しい科目の開講です。来年の八月までの約一年間、どうぞよろしくお願いします。」
ちょっと関西弁のイントネーションが入った口調で、先生は講義を始めた。今年もクラスに知り合いができるだろうか。そんな期待を打ち砕くように、周りは皆、自分の世界に入っている。去年の出会いは本当に奇跡だったな。やっぱり、帰ったら、沙希に手紙を書こう。読むか読まないかは、本人に決めてもらおう。

――その夜。

俺はペンを手に取る。そして、正方形の便箋に、ペンを走らせた。手紙を書いたのなんて、きっと小学校の時以来だ。どうやって文章を始めれば良いのか。少し戸惑ったが、少しずつ書き進めた。

沙希へ

入院してから、早くも二週間が経つね。体調の方はどうですか?
何も連絡がないということは、順調なのかな?
『便りのないのは良い便り』だと思って、毎日を過ごしてます。
九月からは『国税徴収法』を受講することにしました。
また、毎日理論と格闘する日々が続いています。
沙希のことを、一時も頭から忘れたことはありません。
不思議な感覚です。まるで沙希が隣にいるようです。
何かを考えるときも、頭の中で沙希の声がどこからか聞こえてきます。
気のせいかもしれないけど。
今度、お見舞いOKって病院から連絡が来たら、
このオフホワイトのローブを着て、沙希のところへ行きます。
だから、その日まで、何とか頑張って。
辛く長い治療が続くかも知れないけど、俺も遠くから、
沙希の目が良くなることを願ってます。

篤より

一文字一文字、思いを込めて手紙を書いた。沙希のもとへ無事に届いて欲しい。便箋を折りたたんで、封筒に入れる。表面に「中央記念病院 五〇ニ号室 山村沙希様」と宛名を書き、切手を貼った。

――十一月。

季節は移り変わり、公園の木々も絵の具で塗ったように、赤く紅葉し始めた。最初に沙希に手紙を出してから、もう五通は送っただろうか。でも、いまだ沙希からの返事はない。俺は、部屋の隅に目をやった。
「ギターか。」
部屋の隅には、沙希のギターが置いてある。試験が終わったあの日、偶然出会った盲目のおばあさんが、この歳で新しい『趣味』を見つけたと言っていた。その『趣味』とはギターだった。音楽は目が見えなくてもできる。仮に病気で目がほどんと見えなくなってしまっても、楽しみを作れるように、俺と沙希は、あれから新たにギターを始めていたのだ。俺は、高校のときに、ビジュアル系バンドに憧れていて、ギターを掻き鳴らしていた時期がある。いまだその感覚だけは残っていて、簡単なコードの曲であれば、難なく引くことが出来る。
「これだ!」
もしかしたら、沙希はもうほとんど目が見えなくって、手紙が読めていないのかもしれない。声を吹き込んで渡せば、たとえこの先、目が見えなくなったとしても、ずっと聞くことができる。それで沙希にエールを送ろう。この会えない時間を乗り越えられるように。それからというもの、俺は曲作りに没頭した。

――十二月上旬。

病院から俺に連絡が来た。沙希へのお見舞いが認められたのだ。沙希は音沙汰なかったが、きっと治療が上手くいっているに違いない。俺は胸の高鳴りを抑えられなかった。病院が指定してきた日は、偶然にも合格発表の日だ。俺は引き続き、曲作りを進めている。もうすぐ完成間近だ。沙希のことを思いながら丁寧に文字を書き起こした。
「出来た!」
ついに曲が完成した。最後のフレーズを、ICレコーダーに録音し終える。やりきった。俺の思いをこの曲に詰められたと思う。沙希は喜んでくれるだろうか。これは俺の自己満足かもしれない。

でも、この思いを沙希の元へと届けたい。


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