第11話 『仲直り』


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沙希と俺は、少し距離を取りながら、暗い夜道を歩く。そこに会話はない。しばらくすると、コンビニの明かりが遠くの方に見えてきた。沙希の背中がいつもより小さく見えた。何かに怯えているようである。コンビニに入ると、レジの前に手持ち花火の詰め合わせが置いてあった。
「沙希、これとかどうかな?」
沙希は何も答えずにそれを手に取り、お会計をした。そして、商品を受け取ると、コンビニの外へ出た。何でここまで無視されなければならないのか。いくらなんでも意味がわからない。俺は思わず、沙希に怒りをぶつけた。
「沙希、いい加減にしろよ。何か思ってることがあるなら言えよ!この前から、連絡も返さない。話しかけても返事もしない。反応も薄い。何を考えてんだよ。」
沙希は俺を睨みつけながら、ダムの堤防が決壊したように、感情を爆発させた。
「そっちこそ、何なのよ。人の気持ちも知らないで。自分のことばっかり。私の気持ち、考えたことある?ないわよね。あったら、あんな言い方はしない。私の気持ちなんて、一生あっくんにはわからないわ。放っといて!」
「俺も色々考えたよ。だから、あの時はそっけない対応でごめんって。」
「謝って済んだら、警察は要らないわ。どうせ、他人事なんでしょう。あっくんに言ったって、わかりっこないわ。私の感じてる『恐怖』なんて!」
「『恐怖』って何だよ。そんな話、一言も聞いてない。第一、検査は無事に終わったんじゃないのかよ。」
沙希は、顔を赤くして、声を振り絞るように怒鳴った。
「良いわ。よく聞いて!私、ガンなのよ!目のガンなの。私、ガンに侵されてるの。そのうち失明しちゃうの。だんだん見えなくなるの。今まで見てきたものが、一生見えなくなるのよ。わかる?私がどんな思いで、この数日過ごしてたか、わかる?わからないわよね。そんな『恐怖』を味わったことない人に、私の『恐怖』がわかってたまるか!」
沙希の目からは、大粒の涙が零れ落ちている。そして、その場に崩れ落ちた。俺は絶句した。今まで頭の中で何パターンも想定していたことが、全て粉々に打ち砕かれた。頭の中は真っ白だ。沙希は何を言っているのだろう?しばらく、沙希の言ったことが理解できなかった。無意識に、俺は沙希を力強く抱きしめた。
「やめてよ、私たち、そういう関係じゃないの。こんなことされたら、私、惨めじゃない。こんな私のことなんて、放っといてよ!」
沙希は、両手で俺の身体を突き放そうとしてくる。俺の胸のあたりを思いっきり、バンバンと叩いた。たぶん、赤くなっているだろう。でも、俺は動じず、沙希を抱きしめ続けた。
「沙希。そんなことで俺が離れると思ったのかよ。」
俺の目にも涙が溢れる。
「沙希・・・辛かったな。苦しかったな。」
レモンを絞るように、かすれた声を絞り出した。沙希が今この瞬間まで、どういう思いでいたかを考えたら、目の前が真っ暗になりそうだった。
「俺に何ができるか、わからない。力にすらなれないかもしれない。でも、出来ることは何でもしたい。沙希のために、力になりたい。だから、自分を責めるのはやめてくれ。俺が全てを受け止めるから。俺に感情を思いっ切りぶつけて良いから。」
沙希は嗚咽をあげて、俺に身体を預けた。何度も俺の胸の辺りを叩いた。力強く叩いた。
「何で私なの。よりによって、何でガンなの。なんで。なんで。」
俺の心も引き裂かれそうだ。本人はそれ以上だろう。その気持ちを考えたら、自分の無力さに絶望した。俺はただただ抱きしめることしかできなかった。自分の身体の温もりを、沙希に移すように、ぴったりとくっついた。何で沙希なんだ。なんで。なんで。どうしようもない悔しさが込み上げてくる。
「なんで沙希なんだよ。こんな運命を与えた、神を恨む。軽蔑する。今、何もしてあげられることがなくて悔しいよ。でも、ガンだからなんだ。もし沙希の目が見えなくなっても、俺は諦めない。左目が見えなくなっても、右目があるじゃないか。もし何も見えなくなったら、俺が沙希の目になるよ。俺が沙希の目になって、ずっと支えるから。だから、沙希も諦めないで欲しい。人生に絶望を感じないで。せめて、俺といるときは、そう感じさせないように頑張るから。絶対に頑張るから。」
俺の目から、更に涙が溢れた。沙希の両目も、赤く腫れていた。俺は優しくその部分を撫でながら、沙希の涙を拭った。
「私、怖かったの。受け入れられなかったらどうしようって。本当のことを話したら、離れていっちゃうんじゃないかって。」
「大丈夫。そんなこと絶対にないよ。この先も、ずっと一緒にいるから。沙希、愛してるよ。」
「こんな私で良いの?ガンを患ってる女の子で良いの?」
「沙希は、沙希だから。」
俺は、沙希を遮るように言った。沙希は観念したように、強張った表情を崩した。
「ありがとう、あっくん、私も愛してるわ。」
沙希の唇が俺に重なる。俺も安心したのか、頭の中が解けそうになる感覚に陥った。俺は先の左手にしっかり指を絡ませた。沙希もそれに応えるように、しっかりと握る。俺は、すっかり気持ちに余裕を取り戻した。

旅館に着く前に、ちょっと立ち止まった。
「ちょっと、待って。」
このまま手を繋いでいては、涼介たちに、『秘密』がバレてしまう。沙希もそれを思ったのか、同時に足を止めた。
「沙希、浴衣似合ってるね。可愛いよ。」
俺は改まったように言った。沙希は頬を林檎のように赤くする。
「ありがとう。」
沙希の浴衣姿は可愛かった。少し黒味がかった銀髪に、スラッとした脚。胸元の膨らみ。浴衣を着ると3割増しというが、本当にその通りだ。いや、沙希は元々美人なので、その振れ幅は大きい。
「このまま浴衣の間に、手を入れちゃいたいくらいだよ。」
「私は、いつでも大歓迎よ。でも、今は、ねっ。また後でね。」
沙希の発言大胆に少しビックリしたが、本当にこのまま手を胸元に滑り込ませてしまいたかった。
「沙希って、実はエロいんだね。」
俺は、冗談交じりで、笑って言った。
「私?まだまだ、こんなもんじゃないわよっ。覚悟してねっ。」
沙希に、完全に笑顔が戻った。それが本当に嬉しかった。
「楽しみにしてるよ。」
まだだ、まだ我慢だ。俺はその気持ちを必死に抑えた。


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