第07話 『急接近』
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――金曜日、夕方。
あと少しで、今週の仕事が終わる。
「吉田さ~ん!」
璃子ちゃんだ。事務所からちょうど出たところで、呼び止められた。
「お~、お疲れ様!どうした?」
「良かったら、また『簿記』教えてくれませんか。そうだ、明日の夕方とかどうですか?」
「良いんだけど、明日って、土曜日だよね?」
間髪入れずに璃子ちゃんは、言った。
「実家から茄子がたくさん届いちゃって。勉強した後に、うちで夕飯もどうですか?私、作ります!」
俺、今、璃子ちゃんの家に誘われている。これって誘われているのか。俺は突然の誘いに気持ちが追い付かず、とりあえず、こう返した。
「明日、予定が入ってたような気がするから、家に帰って確認したら、また連絡するね。」
「わかりました。待ってます!」
こうして、突然の出来事に戸惑いながらも、璃子と駅で別れた。
(ガチャッ)
自宅の玄関を開ける。中は真っ暗だ。俺は電気をつけて、まっすぐ廊下を進み、リビングに入った。テーブルにスマホを置いて、ベッドに腰掛ける。
「はぁ~今週も疲れた。」
思わず声が出た。
「それにしても、さっきはビックリしたな。」
俺の独り言が始まった。おもむろに、手帳を見る。
「あっ、明日の夕方、塚原先生と面談じゃん!」
そうだった!この前、講義後に面談の予約をしたんだった。ここで、目の前に究極の選択が現れた。
「予定通り、塚原先生との面談に行くか。」
そして、妄想しながら、呟く。
「面談は今度にして、璃子ちゃんの家に行くか。」
璃子ちゃんの家に行ったら、手作りのご飯が食べれる。それも良いな。いや、待てよ。そのまま上手くいけば、セックスまで持っていけそうか?
「面談か?セックスか?」
俺は、悩んだ。悩んで悩んで、ベッドに倒れこんだ。
「どうしようか。」
一旦、落ち着こう。璃子ちゃんと仮にセックスできたとしても、その後どうする?同じ職場だし、そのまま付き合わなければ、気まずいだけだろう。俺は、沙希が好きだ。セフレにしておくもの、沙希に対して失礼だ。俺は、スマホを手に取り、沙希とのトークラインを見返した。
「もうこんなにやりとりしていたんだな。」
しみじみとした気分になった。やっぱり明日は、塚原先生のところへ行こう。
「ごめん、明日はやっぱり予定があったから、無理だ。」
俺は璃子ちゃんに、そう送り、ほどなく眠りに落ちた。
――翌日。
塚原先生との面談だ。十六時からのアポだったので、俺は昼過ぎから自習室にいた。そろそろ面談の時間だ。
「こんにちは、よろしくお願いします!」
「お願いします。では、まず悩んでることを教えてください。何でも相談に乗りますよ!」
俺と先生との面談が始まった。先生はいつも通り、とてもやわらかい声で、俺に語りかけた。俺は勉強方法、二科目受験の進め方、隙間時間の活用法、復習方法、そして、直前期までにやることを、塚原先生と一緒に整理した。とても有意義な時間だ。今まで、一度も先生とこういう面談をしたことはなかったが、早く利用していれば良かった。得るものが多い。こういうところも、通学の良いところかもしれない。
「ありがとうございました!」
「また、いつでも相談してくださいね。」
面談ブースを出た。受付に面談シートを提出しに行く。
「あっ、沙希だ!」
受付に沙希が立っていた。その足元には、旅行にでも行くのだろうか。キャリーバッグが置いてある。
「沙希!」
沙希は驚いたようにこっちを見た。
「あっくん!」
「旅行にでも行くの?」
俺は、ストレートに聞いてみた。
「まさか。ちょうどロッカーの整理をしてたの。去年受講してた『所得』のテキスト類を入れっぱなしだったから。」
「そっか、そうだよね。」
「結構な重さなだから、キャリーバッグで来ちゃった。」
「もう帰り?ゴハン食べてかない?」
沙希を晩飯に誘った。
「良いよ!駅前で食べよっか。」
俺と沙希は、予備校の入っている建物を出て、駅へと伸びる坂道を下る。
「重いでしょ。俺が持つよ。」
沙希のキャリーバックを掴んだ。
「ありがとう。」
沙希は顔を少し赤くして応えた。
「今日ね、ちょうど塚原先生と面談してたんだ。色々相談できた。なんでもっと早く利用してなかったんだろうって感じ。」
「そうなんだ、私も今まで、二回くらいお願いしたことあったかな。去年だけど。」
駅前まで来たので、定食屋に入った。
「そういえば、沙希って、今年卒業だよね?どこかに就職するの?」
俺がそう聞くと、沙希の表情は暗くなった。
「ううん、訳あって、就職はしないの。なんてゆうか、今は限られた時間を有意義に使うことを優先してるのよ。」
どういう意味だろう?まぁ、卒業まであと少しだしね。あっ、そういえば、涼介は、沙希に勉強合宿のこと、話したんだろうか。明日涼介に聞いてみよう。その後も、俺と沙希の会話が途切れることはなかった。
「ありがとうございました!」
店員の威勢の良い声が響き渡る。沙希の背中を追うように店を出た。駅までまだ百メートルくらいある。少し歩いたところで、沙希の搾り出したような声が聞こえた。
「ちょっと、待って。」
俺は振り返った。沙希の顔色は真っ青だ。
「沙希!大丈夫?ちょっと休もうか。」
俺は慌ててバッグの中に入っていたペットボトルのお茶を取り出して、沙希に渡した。顔色は良くならない。
「沙希の家って、どこだっけ?」
沙希は声を振り絞って自宅の場所を耳元で囁いた。
「よし、近いし、タクシーで帰ろう。」
細い路地にいたので、大きな通りに二人で向かった。
「あっくん・・・。」
沙希は苦しそうな表情で、俺の腕に自らの腕を絡ませた。突然の出来事に、身体がビクッとしたが、心の底から嬉しかった。心の中で大きくガッツポーズをした。あぁ幸せだ。
「ちょっと待っててね。」
俺は、沙希を道の端っこに座らせたら、道路に出て、タクシーを止めた。車のトランクに沙希のキャリーバッグを入れ、運転手に行き先を告げる。
「わかりました。足元お気をつけ下さい。」
そう言うと、タクシーの戸が閉まって、発車した。俺は今、沙希と、沙希の自宅に向かっている。今まさに、向かっているのだ。とはいうものの、沙希の体調が心配で、エロいことを妄想している余裕はなかった。
「大丈夫?」
そう問いかける俺の右手には、沙希の左手の指が絡んでいる。次第に顔色に生気が戻ってきた。
「さっきより、だいぶ良くなったよ。」
良かった。本当に良かった。俺の気持ちにも余裕が出てきた。このまま沙希の家へ上がれるのか?と思っていたら、ちょうどタクシーは沙希のマンションの前に着いた。俺は先に降りて、沙希が降りるのを手伝う。まだ、なんとなくフラフラしている感じだ。
「ここで大丈夫。あっくんは、このままタクシーに乗って帰って。ありがとね、あっくん。」
そういうと、沙希は、俺の身体を引き寄せた。唇の膨らみの感触が俺の全身を駆け巡る。沙希は、俺に軽くキスをした。
「じゃあね!」
沙希は恥ずかしさを隠すように、マンションの中へと走って行ってしまった。俺はタクシーに再び乗り込んだ。自分の自宅の場所を告げる。タクシーは再び走り出した。
「はぁぁ。」
しばらくキスの余韻に浸っていた。このまま死んでも良いとさえ思った。それくらい嬉しかった。十分くらいして、タクシーは俺の自宅の前に止まる。料金を払い車を降りた。
「お客さん!荷物忘れてるよ!」
あっ、沙希の荷物、トランクに入れっぱなしだった!慌ててその荷物を受け取った。
部屋についてすぐに、沙希にLINEをする。
「トランクの中に、沙希の荷物入れっぱなしだった!ごめん、気づかなくて。明日の講義に持ってくね!」
その日、沙希からの返信はなく、既読になることもなかった。すぐに寝てしまったのだろうか。
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