第01話 『12月某日』
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「それでは試験を開始してください。試験時間は二時間です。」
その掛け声とともに皆一斉にペンを走らせる。俺はその音に一瞬怯んだが、後を追うように「カッカッカッ」とポールペンの先で紙をなぞった。
「さぁて、何でもかかってこい!」
――十二月某日。金曜日。
あの日から約四ヶ月。自宅のポストにとある封筒が届く日だ。俺は朝からソワソワしている。昨日もあまり眠れなかった。眠い目をこすりながら仕事に行く準備をする。いつもとなんら変わらない日常だ。ただ一つ、あの封筒が届くということを除いては。
「行ってきます。」
俺は誰もいない部屋の玄関で虚しく呟いて、玄関のドアを閉めた。彼女はもうしばらくいない。彼女がいた頃はよく家に泊まりに来て、寝不足になりながら出て行ったものである。
「あ~ヤりたいたいなぁ。」
エロい妄想を朝から頭の中で巡らせながら、アパートの階段を下りた。
「まだ来てるわけないか。」
そう思いながら、ポストの中身を確認する。案の定、ポストは空っぽだ。
「あぁ、帰ってくるまで生殺しだな、これは。」
バイト先は最寄駅から各停で五つ目の駅だ。俺は毎朝通勤時間はICレコーダーを聞いている。今は『消費税法』の勉強をしているので、その理論を読み上げた音声を毎朝電車に乗りながら聞くのが日課だ。朝の通勤電車は特に混んでいる。参考書を読みたくても、とてもじゃないが開けない。痴漢冤罪に巻き込まれないように、手は常につり革だか、運良く身体に押し付けられる膨らみを感じながら、どんな形か妄想を膨らませたり。男とは皆、そういう生き物なはずだ。ただ、今日はそんな妄想も出てこないくらい、とにかくソワソワしている。イヤホンから出る音も聞こえないくらいに、スマホで『とある情報』を調べまくる。
「誰かもう届いてる人はいないかな。」
例の封筒の配送状況がどうか、ひたすら調べる。他の人にその封筒が届いたかどうかが重要なわけではない。重要なのは『結果』だ。どれくらいの出来で『合格』できているか、俺の関心はその一点だった。これは世の中の税理士受験生が、今日一番気にしていることかもしれない。
税理士試験は年に一度、肌に日差しが容赦なく突き刺さる八月の上旬頃に行われる。税理士を目指す者は皆、この日のために、死に物狂いで標準を合わせてくる。試験といっても、この一回の試験を合格しただけで税理士になれるというわけではない。税理士試験は、科目合格制というものを採用していて、全十一科目の中から自分の学びたいものを選択して受験できる。中には必修のものや選択必修のものあるが、どの科目から、何科目をこの試験で受けるかは、受験生が自由に決められる。そして最終的に五科目に合格すると、税理士になれる資格を取得するのである。一度合格した科目は一生その効力が失われることはない。就職活動などの履歴書にも書ける。多くの受験生は、自分の学習環境や状況に合わせて、戦略を立てながら試験に挑むことになる。ちなみに、税理士試験は長期戦だ。毎年一科目ずつ合格するとしても少なくとも五年は掛かる計算だ。もちろん一年に平気で二~三科目合格する強者もいるが、現実的には確実にステップを踏むに越したことはない。
俺は今回、『簿記論』と『財務諸表論』を受験した。『簿記』はボーダーの三点上。『財表』はボーダーの一点下だった。感覚的には、『簿記論』は合格で『財表』はまた来年といったところか。でも、もう一年『財表』をやるなんて考えたくもないので、なんとか受かっていて欲しい。
電車を降りてバイト先へ向かう。俺は会計事務所にお世話になっていて、週三で仕事をしている。残りの週二は大学だ。給料は薄給だが、なんとか生活ができるレベルだ。
――9:45。
俺は席に着いた。今日まず最初にやるべきことは決まっている。十時に発表される合格率を見ることだ。税理士試験は、合格発表当日の十時頃に、その年の合格率が科目ごとに先行して発表される。総じて平均十%くらいの合格率だが、年によって変動が大きい。『財表』でいえば、合格率が二十%くらいまでいくとボーダー下でも合格の可能性が十分に出てくる。合格率が低ければ、その逆も然りだが。
「そろそろだ!」
先輩の岡田さんと、俺の一つ下の後輩の璃子ちゃんも税理士試験を受けたので、みんなで肩を寄せ合って、俺のパソコンに穴が開くぐらい視線を集中させた。岡田さんは眼鏡を掛けていて、いってみたらオタク系だ。二次元の世界を生きていて、専ら同人誌が好きでコミケに頻繁に出向いているらしい。頭の回転が速く、事務所内では主にチェックを担当している。璃子ちゃんは身長150cmくらい。小柄で華奢な感じの可愛い女の子だ。おっぱいはC~Dカップくらいだろうか。俺の予測は良く当たるので、きっとそれくらいだろう。
――9:59。
いよいよだ。キーボードのF5キーを押す。まだ合格率は表示されない。この時点では自分の合否はわからない。にもかかわらず、皆、額に汗をかき、心臓の鼓動が聞こえてきたような気がする。
「F5押します!」
ついに合格率を見れた。『簿記論』8.5%、『財務諸表論』14.3%。
「マジか!」
俺は思わず声を出した。よりによって、ボーダー上の『簿記論』の合格率は低く、ボーダー下の合格率は微妙に高い。これでは『簿記論』の合格も危うい。
他の二人はというと、岡田さんは今回、選択必修の『法人税法』を受けていて、感覚的には、今回も合格は厳しいらしい。税理士試験では、この『法人税法』か『所得税法』のどちらかに合格しなければならない。平均受験期間は十年という長丁場の試験なので、同じ科目で何年も足踏みをしている人も多い。瑠子ちゃんは、今回俺と同じ『財表』だけを受験していて、自己採点で合格確実ラインの一点下くらいと言っていたから、だぶん受かっているだろう。
「あ~俺、落ちてるかも。」
「きっと受かってるから大丈夫!」
「可能性、ありますかね。あ~、でも絶対ダメだ~。」
「璃子ちゃんは絶対大丈夫だって!」
「その点数もう合格でしょ!」
と、根拠のない慰め合いを、三人で小一時間続けた。
昼休みも終わり、午後は午前中から一転、事務所内が非常にピリピリしている。税理士試験は、いわば人生を賭けた挑戦といっても過言ではない。皆、それくらいの覚悟で挑んでいる。
まぁ俺には、そんな重い覚悟もなければ、人生を背負ってやるつもりもない。それでも、こんなにソワソワするんだから、人生を賭けている人のプレッシャーは相当なものだろう。
――17:00、終業。
「月曜日に仕事に来てなかったら察してね。」
「幸運を祈る!」
と、良くわからないやり取りを帰り際にして、各々が帰路についた。
いよいよ封筒とのご対面である。『その時』は刻一刻と迫っている。
「あ~緊張する」
声が漏れてしまうくらい緊張している。
ポストの前に来た。この戸を開けたら、きっと封筒がある。もし合格していたら?もし不合格だったら?色々なパターンと思いが頭の中を駆け巡る。
「合格してたらパーッと一発ヤるか!合格してなくても慰めの一発を。」
自分を鼓舞するように、ちょっと過激なことを呟き、ポストの戸を開けた。ポツンと封筒が一通、置いてある。俺は綿毛を掴むように大切にその封筒を手に取り、部屋の中へと持ち帰った。
「ダメだ、見れない。」
まだ現実を受け入れる覚悟が出来ていないので、封筒を開けられない自分がいる。現実から逃避するように、スマホで税理士試験について調べた。そこには合格報告、そして不合格報告が続々と上がっていた。それを見てしまうと、封筒を開ける前に結果がわかってしまうような気がしたので、そっとそのページを閉じた。現実に引き戻された俺は、いよいよ封筒を開ける決心をした。
まずは封筒にハサミを入れる。手が震えて、中の紙を切ってしまいそうだった。
とりあえず、封筒は開けた。あとは中から、結果が載ってる紙を出すだけだ。俺はゴクンと息を呑む。
その時、スマホにLINEが来た。気が張り詰めていた俺は、その着信音にビクッとなった。見てみると、バイト先の後輩璃子ちゃんからだ。
「封筒が開けられません・・・笑」
笑。俺と同じ状況らしい。俺は緊張を隠すように強がった。
「俺も今帰ってきて、ちょうど封筒にハサミを入れたとこだった!」
本当は相当な時間、封筒の前でモジモジしていたのだが。
「心細いので、せーので開けましょう!」
「ちょっと待って待って。」
「おねがい♡」
「恋人かっ!」
思わずツッこんだ。まぁ璃子ちゃんは顔は中の上くらいで性格も良いし、貧乳でもなさそうだし、誘われたら全然抱けるかな。そんな失礼なことを考えていたら間髪いれず返信が。
「ふふふ。では、今から五分以内に開けましょう!」
「わかったよ。」
勢いでわかったと言ってしまった。もう後には引き下がれない。俺は封筒から紙を取り出した。
「簿記論・・・」
「財務諸表論・・・」
俺は、結果を見て固まった。
その直後、璃子ちゃんからまたLINEが来た。
「受かってましたー♡♡」
俺は複雑な気持ちだった。
「おめでとう!」
と、短く、とりあえず返した。
「吉田さんはどうでしたかぁ?」
俺は、覚悟を決めて返信した。
「簿記論落ちてた。」
送ってしまった。まだ現実を受け入れられないが、それに反して送ってしまった。でも、だんだんと、その実感がわいてきた。俺の顔は曇った表情だったが、次第に腹の奥底から、表現のしようのない喜びがこみ上げてきた。璃子ちゃんが合格していたからではない。
「財表は受かってた!!!!!」
思わずビックリマークを五コも付けてしまった。確かに『簿記論』は落ちていたが、それよりも『財表』が受かった喜びの方が大きい。初めて得た合格という結果がこれほど嬉しいものとは。
「おめでとうございます!!!」
璃子ちゃんからもLINEが来た。
「俺、今なら何でもできる気がする!」
「私も、今なら何でもやっちゃいます。」
「なら、俺のうちで一緒に祝勝会しようか。笑」
調子に乗って、心の中の下心を送ってしまった。
「良いですよ。でも私、襲われちゃう~笑」
「冗談冗談。笑 今度ランチでもしに行こう!」
「そうですね!ぜひ行きましょう!」
家に来てくれるのでは?と期待をしていた自分がいたが、その願望も儚く崩れ落ちる。その夜は、缶チューハイを片手に一人で晩酌をした。そして、寝る前に璃子ちゃんが家にもし来ていたら?と妄想を膨らませながら一発抜いた。璃子ちゃんもオナニーとかするんだろうか。そうやってどうでも良いことを考えているうちに、気分良く夢の中に堕ちた。
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